フォトエッセイ

モネの視点を通して自然の美しさを再認識する。ジヴェルニー、モネの庭園へ。パリ旅行記②【─Shining Moments:34 ─】

透明な陽の光が、さまざまな緑に映り、ゆらぐ水面に反射し、そのどれもを美しいと感じる。どうして自然は美しいのだろうと、当たり前のことを考えたりする。自然を美しいと思う気持ちって、いつ、どのようにして、私の心にやってきたんだろう。そんなことを知るヒントに、私は今回のフランス旅行で出会った。きっかけは、正直なところこれまであまり興味を持っていなかった印象派絵画の巨匠クロード・モネのいくつかの作品鑑賞と、彼の庭園へ訪れたことだ。

ジヴェルニーのモネの庭園へ

ノルマンディー地方のジヴェルニーというフランス北部の村に、モネが晩年に暮らした邸宅がある。現在は、毎年4月から10月末までの期間で一般公開されていて、邸宅内と庭園の散策を楽しむことができる、フランス旅行では人気のスポットだそうだ。10月末からフランスに滞在したため、せっかくならと、私たちはモネの家に訪れることにした。パリから電車とバスで1時間半ほど、車窓がどんどんと田舎の景色に変わり、視界が緑でいっぱいになると、そこはジルヴェニー。空が広い。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

モネの邸宅は、沢山の草花に覆われたピンクのレンガ造りの家で、まるで絵本の中に出てくるような佇まいだった。愛らしい寝室や、キッチン。どの部屋からも美しい庭を望めるようになっていて、モネが季節の移ろいを楽しみながら生活していたことを想像させる。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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とりわけ沢山の人が訪れていたのは、やはり庭園だった。橋がかかった池を、ぐるりと歩いて一周する。睡蓮が浮かぶ池に木々が映り込み、視界の緑をいっそう深く豊かな色合いにしている。すごく、綺麗。モネの絵画のおかげもあってその光景に馴染みがあった私は、不思議な親しみを感じるとともに、ともすればただの自然の風景であるそれを、特別な美しさだと認識していた。

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美が宿る場所

うっとりと何周も庭を歩きながら、モネの絵画を知らなかったらこの庭園はどう見えていたのだろうと考えた。ここまで沢山の人が、モネの知名度を差し引いてもこの庭の美しさに感動し、カメラを向けるのはどうしてだろう。

美というものが宿る場所について、考えを馳せてみる。美しさというものはそれ自体が持つのではなく、それを認識する主観側にあるものなのだ。つまり、この庭園を愛し、美しいと感じたモネの視点を、絵画を通じて共有していたからこそ、私たちはこの庭園を美しいと感じることができるのかもしれない。

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オランジュリー美術館の睡蓮の間、そしてオルセー美術館

その後、私たちはオランジュリー美術館とオルセー美術館を訪れた。どちらもモネの有名な絵画が所蔵されている美術館だ。

オランジュリー美術館には睡蓮の間と呼ばれる部屋があり、壁をぐるりと囲むように、大きな睡蓮の絵が飾られている。モネの庭園でも印象的だった睡蓮はモネが好んだモチーフのひとつであり、彼の絵画作品の中でも特に人気が高いと思う。

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冒頭に触れたように、実は私はこれまでモネにあまり興味がなかった。印象派特有の柔らかく甘い感じ、ピントの少し横にあるような、ぼんやりとした具象的表現が、好みではなかったのだ。

その印象は相変わらずだったが、私はこの睡蓮の間で、モネの絵画に新しい魅力を感じることができた。

広間の真ん中に立ち、絵画を眺めていると、そこに風が吹くような感覚があった。そしてその風が、優しく、画面の水面を撫でていくような気がする。……モネが何を美しいと感じ、どのような視点で絵画に落とし込んだのか、以前よりも少しだけ身近に感じた。

オルセー美術館の所蔵作品でも同様に、彼の美に対する視点を感じることができた。あの場所を描いたのだなと、庭園の光景を思い出しながら絵画を観ていると、自分の中に、自然の美に対する慈しみを発見できる。絵画の素晴らしさを超えて、そのことへの感動が、私の中には広がっていた。

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絵画という視点を通して

美術館を出てセーヌ川沿いを歩きながら、密度を増していく空の青色や、落ち葉の軽やかなグラデーションを、以前よりも愛おしく感じている自分に気がつく。

素晴らしい絵画というものは、芸術というものは、その作品の価値を超えて、新しい視点を届けてくれるものなのだろう。そういう点でモネは、自然の美を再認識させてくれる画家なのだと、私は今回の旅で知ることができた。モネのように偉大な画家たちが、知らず知らずのうちに私の中に積み重ねてくれていた視点が、私が自然を美しいと感じるための手助けになっていたのだ。

芸術に触れることで、私たちは自分自身の世界に新たな美を見出すことができ、そしてその美をもって、また芸術を楽しむことができる。私は芸術への理解を少しだけ深めると同時に、これまで食わず嫌いしていたあらゆる芸術を、その視点を、もっともっと自分の中に取り入れてみたいと思った。

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