フォトエッセイ

「着物」という時間を愉しむ。【─Shining Moments:18 ─】

最近、あることに気がついた。
着物の魅力は時間なのかもしれない。
伝統でも、品の良さでもなくて、そこにかかる時間……。私にとってはそれこそが、今わざわざ着物を着たいと思う理由なのだ。

一応の着付けができるのと、祖母や義母からもらった沢山の着物があるので、たまに着物を着るようにしている。先日も日本酒をいただく会に参加する機会があって、せっかくなので着物で行くことにした。

暑い夏なので、できるだけ軽やかな装いがいい。
選んだのは、夏大島と呼ばれる薄物の大島紬だ。シャリッとした手触りと生地が透ける様子が、とても涼しげ。柄は絣の一種だろうか。濃紺にたゆたうような線が美しい。実はこの着物、アンティーク着物のお店で昨年自分で購入したものだ。まだしつけがかかったままの新品が、格安で売りに出されていた。今回初めて袖を通した。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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合わせたのは絽綴れの帯。
こちらも夏帯と呼ばれる夏用のアイテムで、透ける織りと柔らかな表情が印象的だ。

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それらが決まると、今度は小物を決めていく。帯揚げ、帯締め、帯留め。履物と鞄はどうしよう。洋服と違ってある程度のフォーマットというか、使える要素が限られているので、その中であれこれ入れ替えつつ考えるのが楽しい。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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結局この日は帯に合わせて上品な淡いカラーで揃え、そのぶん足元と帯留めで遊ぶことにした。
足元には、マルジェラ(Maison Margiela)の白いタビブーツ(Tabi)を。1989年にパリで発表されたこの名作は、名前の通り日本の足袋にインスピレーションを受けたデザインだ。白いカラーだと尚更足袋に見えて、面白い。これをあえて洋装に合わせることがお洒落なんだと思うけれど、私は着物に合わせるのもお気に入り。結構品よくまとまるし、その意外性に何より自分自身がワクワクできる。それからこれは内緒だけれど、153cmの私にとっては背が高く見えるというのもポイントだ。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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帯留めにはメキシカンジュエリーのブローチを。お友達にもらったブローチは、亀の甲羅にきれいな貝殻がはめ込まれている。和という枠から外れたものを、こうして帯留めにすることが好き。

帯締めにベルトを使ったり、スカーフを帯揚げにしたり、帽子をかぶったりブーツを履いたり。着物って限られた中で、色々な楽しみ方ができる。着物は伝統的なものだから、とそういう着方を嫌う方もいるけれど、伝統は伝統として尊重しTPOさえ弁えられれば、もっと自由に捉えてもいいだろう。「10月から5月は袷、6月と9月は単衣、7月と8月は薄物」…そういう決まりはあるけれど、今と全然気候が違う大昔に決まったマナーを、きっちり全部守る必要もないのではないか。着物ってたぶん、多くの人が思っているより、そして私が思っているよりも、ずっとずっと自由だ。

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私は別に着付けが上手じゃない。こんな夏の日は涼しく過ごすことを最優先にしたいので、補正もしないし、紐もなるべく少なく着付ける。
着物雑誌みたいにシワひとつなく着ることだけが、着物の正解じゃない。
もともとは日常着だった着物。きっとそれは、ささやかな日常的な楽しみでもあったと思う。

以前着付けの先生が、こんなことを言っていた。
「明日はどうやってこの着物を着よう。そうやって色合わせを考えるひとときだけが、自分の時間でした」

自分のためだけに使う時間というのを、着物では味わえる気がする。

着物を着る日には、洋服で出かけるよりも、準備に時間をかける。
それは物理的な時間だけではなくて、精神的にも、ちょっと時間をかけたくなるのだ。

生地の質感、布目を通すときの音、小物を選ぶ時間……。そういう時間の中で、自分のその時の考えだったり気持ちに出会えたりすることも、着物の良さなのかもしれない。いつもはバタバタと出かける朝に少しだけ余裕をもつ。そのためのツールとしても、着物を着るという選択はすてきだ。そしてその時間こそ、着物のもっとも美しいところなのだと思う。

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そしてもう一つ、時代を超えるという意味での時間もまた、着物の魅力である。

近年サスティナブルが謳われているが、着物こそ、最大のサスティナブルファッションなのではないだろうか。
洋服と違って流行に左右されず、ある程度サイズの融通もきく。だから何世代にも渡って引き継いでいくことができるし、私の今回の夏大島のようにリサイクル着物で楽しむこともできる。

着付けを難しく考えて持っている着物を売ってしまったりする方も多いようだけれど、その前にぜひ、町の着付け教室の体験レッスンだけでも行ってみてほしい。…なんて素人の私が言うのもおこがましいけれど、そのほんのちょっとの知識と技術は、日常をかなり豊かにしてくれるはずだ。

祖母は着物だけじゃなくてファッションが好きな人だから、洋裁もよくしていた。自分の着物を引き継ぐ者はもういないと思ったのか、少し前までは着物をほぐして、ジャケットやワンピース、鞄を作ったりしていたが、今は「全部私が引き継ぐから」と止めている。サスティナブルという側面でも、私はこれからも着物を着続けたい。

そんな祖母はその昔、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場へ、着物を纏いオペラを観に行ったらしい。かっこいいなぁ。着物は確かに反物だし、スーツケースにサッと入れて旅行へ持っていくこともできそう。

私もいつかマネしたいと思っている。
日本の美しいものを、現代に合わせたかたちで、これからも小さく発信していきたい。

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