フォトエッセイ

貝殻のモビール、あの日の波の音。【─Shining Moments:17 ─】

25メートルも泳ぎきれない私は、夏のレジャーにあまり関心がない。プールできゃっきゃするタイプでもないし川遊びも苦手だ。

だけど唯一、海にだけは行きたくなる。

海のない県で育ったからだろうか、私は海に対する憧れが強い。裸足になって砂浜の温かさと波の揺れを感じているだけで気持ちがいいし、規則的な波の音はいつだって心を落ち着かせてくれる。澄んだ潮の香りも、あのキラキラとした眩しさも、大好きだ。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

多くの人がそうであるように、私にもいくつかの海に関する思い出がある。

とりわけ鮮やかに思い出すのは、学生時代の恋人との初めてのデート。
あれはたしか秋の海で、強い風が吹く中私たちは彼が作ったチーズケーキとホットコーヒーを飲み、ゆっくり砂浜を歩いた。きれいな貝殻や石、シーグラスに心躍らせる彼をいとおしく感じながら、私自身夢中になって宝探しをしたことをよく覚えている。私のもつ美しい思い出の一つだ。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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海で拾った貝殻って、一般的にどうするものなのだろう。インテリアやアクセサリーに生かしている人はどのくらいいるんだろうか。私はというと、拾うことが楽しいだけでその後のことはまったく考えず、このデートの時も、そのほとんどを彼にあげてしまった気がする。

さて、海のデートからしばらく経った頃。彼が「作った!」と、貝殻のモビールを見せてくれた。いくつかの貝殻が不恰好にバランスをとった、直径30cmくらいのモビール。最初私は訳がわからなかったが、どうやら、あの海の貝殻を使って作ったものらしい。

「捨てる神あれば拾う神あり」とはよく言ったもので、自分が要らないと思った貝殻でこんなにも愛らしいものが出来上がったことに、私は驚いた。特別な一日をこうしてかたちに残すというのは、なんてステキなことなんだろう。そしてそんなことをごく自然にできる人が隣にいるということが、私にはとても嬉しかった。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

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けれどそれも、ずいぶん昔の話だ。甘酸っぱい恋の思い出、夫には話さない青春の記憶……となれば少しは面白いのかもしれないが、その時の彼は、いま私の夫である。貝殻のモビールは、リビングに吊り下げられている。

「これ、なに?」
我が家に遊びにきた人は皆、その変なオブジェを不思議そうに指差す。私はふふっと笑って、詳しく説明したりしなかったり。

そういえば、最近夫とこのモビールについて話をしていると「いつの貝殻だっけ…?」ととぼけてきた。いやいや、初デートの時のでしょ!?本当に忘れていたらどうしようと思うが、まあ、照れ隠しなんだろうと信じている。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

海に行っても泳がないのでわざわざ夏に行くことは少ないのだけれど、夏の海はやっぱり特別だ。砕け散ったガラスの破片みたいな陽射しは、私にまっすぐ届いて、明るい気持ちでいっぱいにしてくれる。

広大な海、大きな自然を前にすると、自分も生き物なのだと実感することがある。たまにはぼーっと自然に身を委ね、心と体をチューニングする必要もあるのかもしれない。

モビールは、今日もゆらゆらと かすかに回っている。眺めていると、その貝殻一つ一つからあの時の波の音が聴こえてくるよう。それらはいつでも私を癒し、そして当時のときめきへとタイムスリップさせてくれるのだった。