コラム

映画「スペンサー ダイアナの決意」衣装:シャネルが彩るダイアナの葛藤。「着る」ことの束縛と自由

映画「スペンサー ダイアナの決意」(原題「Spencer」2021年)。

クリステン・スチュワートが演じるダイアナ元皇太子妃の、気高くも切ない、誰も知らない決意の3日間の物語です。

監督はチリ出身のパブロ・ラライン、人間の内面に深く切り込んだ独自の演出センスが魅惑的。

冒頭に「実際の悲劇に基づく寓話」と示されるように、フィルム撮影の美しい映像が緻密に描くダークファンタジーともいえる本作。
衣装や調度品が豪華であるほど、息苦しさや繊細な心象風景も際立つ作品です。

衣装デザインはジャクリーン・デュラン。シャネルが全面協力したとのこと。ヘアメイクは日本人の吉原若菜さんが担当。

故・ダイアナ妃そのものにも見えながら、アイデンティティに悩み、葛藤するひとりの女性という抽象性もそなえた「クリステン・スチュワートのダイアナ」が圧倒的な存在感で物語の中を生きています。

「スペンサー ダイアナの決意」の衣装について注目してみました。

衣装さえもダイアナを苦しめる!「着ること」の束縛

 

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その苦悩は特別、でも共感。ダイアナとファッション

厳格な伝統に基づく王室の中で、束縛と虚偽(夫の不実)に耐えられなくなるダイアナの苦悩は、ひとの心理としてはある意味シンプルで普遍的。

もちろんロイヤルなプレッシャーは想像を絶する特別な世界の話。
とはいえ、家族間の問題や人間関係などで苦しい状況にはまった経験のある者なら、ダイアナの心境に共感、誰でも胸を掴まれるのではないでしょうか。

本作で衝撃&辛かったのは、数々の美しい衣装さえ、すべていつ何を着るか決められている「お仕着せ」…服を「着る」ことさえ、ダイアナの意思ではない「束縛」のひとつである、という描かれ方でした。

1980年代~90年代のファッションリーダーのひとりだったダイアナ。

カジュアルからシックなドレスまで自在に着こなし、ポルカドット(大きな水玉模様)や白いピーターパンカラー…彼女のファッションは王室にも世界にも新しい風をもたらしていました。
実際のダイアナは彼女自身もおしゃれを楽しんでいたはず(と信じたいの)ですが…。

映画「スペンサー ダイアナの決意」では、衣装が豪奢であるほど、ダイアナの切なさや苦悩が浮き彫りにされていきます。

舞台はクリスマス。絶妙な色彩設計と、ダイアナの赤。

完成度の高い映像の色彩。印象的な「赤」の使い方

本作の舞台は、1991年のクリスマス。
グリーン、茶、そして赤といったクリスマスカラーが衣装からも映像全体からも感じられます。そして、冒頭に登場する鳥の死骸…その後も重要なメタファーとなるキジの配色でもあるのです。

グリーン系は王室に忠誠を誓う軍隊の色でもあり、グリーンと茶は英国の伝統の色合いの象徴とも言えそう。全体的に絶妙な色彩設計が完成度の高さを物語る本作。

その中で「赤」が印象的なダイアナの衣装は、クリスマスだからということだけではなかったようです。

ダイアナの衣装については、参考写真が「多過ぎて」苦労したという衣装のジャクリーン・デュラン。

デュランは数々の写真の中から、赤いタートルネックのトップスに黒と白のチェックのスカートで息子たちを学校に送っているダイアナに強烈な印象を得たといいます。

そのシンプルで現代的なコーディネートこそが、ダイアナのコアだと感じたのでしょう。

映画の中でも、息子たちとくつろぐ本音の時間に、赤のタートルネックのコーディネートが登場しました。

 

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クリスマスの日に教会へ行くシーン、決められた衣装ではない服を選んだ時のコーデもドラマティックな赤×黒。大胆な赤いコートが印象的です。

このシーンはカミラ(と思しき女性)やパパラッチも登場、強い気概を必要とするダイアナ。
映画のダイアナは、実際のダイアナの服装イメージを再現しながらも、より意思を感じる気高く美しいスタイリングに。

 

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真珠のネックレス、晩餐会のドレス、その残酷な白。

ダイアナの「現在」を語るキーアイテム、真珠のネックレス

キーアイテムとして特筆したいのは、美しく豪奢であるほど残酷にダイアナを追い詰めるジュエリー、大粒の真珠のネックレス
(夫の裏切りとダイアナの苦しみを具体的に表すエピソードですが、チャールズひどいですよね…)

 

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真珠についての衝撃的なシーンは幻想と現実が入り混じる切なさ。

悲劇的な歴史で知られるヘンリー8世の王妃アン・ブーリンの幻影もまた、真珠をまとっています。

シャネルのオートクチュールである晩餐会のイブニングドレスは、その真珠が大きく広がったかのような圧倒的な美しさ。
ドレスの白いボリュームは、有名なダイアナのウエディングドレスも連想させますし、清らかに輝くほどに残酷な現実がダイアナの精神をさいなみます。

ダイアナがこのドレスのまま埃だらけの古いスペンサー家に突入するシーンは、この映画の象徴とも言えますね。

 

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赤いジャケットのブランド「バブアー」とは

英国を代表するブランド「バブアー」

映画内で、時制…「現在」「過去」「未来」について象徴的に語っていたダイアナ。

「現在」のドレスや真珠と対照的に登場するのが、「過去」であるスペンサー家のカカシ(元は、ダイアナの父)が着ていたバブアーの色褪せたジャケットです。

バブアー(Barbour)は英国王室御用達のアウターブランド。
ワックスコーティングした生地を使ったオイルドジャケットで有名。労働者や軍人から王室・貴族のアウトドアウェアまでを包括する、英国を代表するブランドです。

このジャケットは誰かに決められた「束縛」の服ではなく、ダイアナが自由に持って来たもの。

定番のグリーン系ではなく赤のジャケットにすることで、後半登場する重要なハンティング(キジ狩り)シーンにおけるダイアナの存在が際立ちます。

色褪せているけれどまだ赤い。ダイアナの中のコア、「スペンサー」の誇り。

キジもまた大切な象徴。赤いジャケットを着て手を広げ、走るダイアナは、女王になることから離れ、自由に羽ばたいていく鳥。

公式Instagramにあったこの写真、とても意味深いですね。

 

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疾走する青きダイアナの未来が切ない

「着ること」の自由を表すデニムとネイビーカラー

クリスマスの3日間の「お仕着せ」の中で、ダイアナが自分らしさを取り戻したい時に着ていたのがデニム

デニムは英国にはない新しさ、アメリカンカジュアルであり、「着る」ことの自由を表現するスタイルの代表ですよね。

そしてドラマの最後、一気に雰囲気が変わり解放感にあふれたドライブシーン。

ダイアナの衣装はネイビーブレザーにデニム、キャップ。
ネイビーは海軍、海を連想する色。
キャップは本当のダイアナと家族がカナダ訪問の時にプレゼントされたというオンタリオ警察の公式グッズだそうです。

一気に清々しい青さ、自由や海、アメリカやカナダ…具体的な国というより、ダイアナにとっての「ここではないどこか」、新天地を意識させる衣装です。

ダイアナの決意。映画は終わるけれど。

「スペンサー ダイアナの決意」…クリステン・スチュワートは、話し方やシャイな上目使い、所作などのダイアナらしさを演じながら、ミステリアスで脆い女性の揺れる内面を繊細に表現。
衣装もまた、この映画におけるダイアナにとっての「着ること」の束縛と自由を華麗に彩っています。

そして本作はダイアナの主観や内面を重視しつつ、王室の人以外に“仕事人間”3人を配置しているのが秀逸。

葛藤するダイアナに対して、常に職務に忠実なグレゴリー大佐、シェフのダレン、衣装係のマギー…彼らのプロフェッショナル感、忠誠や愛もまたひそやかな底流。

ひとりの人間として生きることは、そういった仕える人々とも離れてしまうこと…。

迷いながらのドライブで始まった映画は、疾走感あふれる爽快なドライブで終わりますが、どこか少女のように少しあいまいな笑顔を浮かべるダイアナ。
その表情になんだか切なくなってしまうのは、映画はこれで終わるけれど、私たちはその後に起きる“真実の悲劇”を知っているからなのかもしれません。

POINT

  • 「スペンサー ダイアナの決意」は、ダイアナ元皇太子妃3日間の葛藤と決意を寓話的に描いた映画
  • シャネルが全面協力した衣装。衣装やジュエリーが「着る」ことの束縛や残酷さも際立たせる
  • 印象的な赤、真珠の白…衣装や色彩設計の意味も堪能したい映画