フォトエッセイ

岩絵具と、日常に潜む美について 【─Shining Moments:06 ─】

私の夫は画家である。彼は日本画専攻出身の抽象画家で、和紙や墨、そして岩絵具(いわえのぐ)など、伝統的な素材を用いて作品を制作している。

手前味噌だが、夫の絵は良い。美しいものを美しいと思えることを、幸せだと感じさせてくれる。

彼がよく言うのは、素材そのものの美しさを借りて表現をしたいということだ。職人が漉く和紙も、墨も。水でさえ。そのままの美しさを生かしつつ、描いていく。

ジュエリー エッセイ 山田ルーナ

彼が扱うものの中で 特に魅力的なのは、岩絵具だ。この画材は名前のとおり主に鉱石でつくられたものだから、そのままで純粋に美しい。言ってしまえば岩絵具の美しさは、宝石そのものの美しさなのだ。

そう、これは、宝石なのである。

絵ってファッションやジュエリーとはちょっと違うけど、もしかしたら このwebsiteをご覧の方には興味のある内容なのではと、今回書いてみることに。自分の勉強も兼ね、カメラを持って、夫のアトリエにお邪魔してみた。

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岩絵具というものを見たことがある方はどれくらいいるだろう。

1000年以上使われてきたこの伝統的な顔料は、主に鉱石を砕いてつくられた粒子状の絵具だ。砂のようにサラサラとしていて、絵具そのものに接着性はないため、膠(にかわ)という接着剤とあわせて練ることで支持体に接着させる。

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|膠鍋で膠を溶かして岩絵具と練る

岩絵具には「天然岩絵具」や「新岩絵具」など種類があり、「天然岩絵具」は天然石を、「新岩絵具」は人工石を砕いてつくられる。天然石には特有の深みが、人工石には豊富な色数があり、現代ではどちらも重宝されているとのこと。

一つの岩絵具には番号がついていて、数字が大きくなるほど粒子は細かい。粒子が細かいと、乱反射が多いぶん淡い色合いになり、反対に粒子が粗いと、色が濃く、ざらっとした質感になる。

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|9,11,13,14の「群青」 数字が大きい方が色が薄い

岩絵具は大抵、元となる鉱石を何ヶ月もかけて砕いて仕上げられる。そして砕かれた大小様々な粒子を、水の沈殿を利用して、先の番号別に振り分けるのだ。

途方もない時間をかけてつくられる、綺麗な粒子たち。さまざまな色を閉じ込めた岩絵具は、なるほど、それだけで宝石のように美しい。

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|「群青」は孔雀石を砕いてつくられる

美術に馴染みのない者からすれば別の世界の話のようだけど、実は身近なモチーフも多い。

「トルコ石」や「ラピスラズリ(瑠璃)」、「珊瑚」、「水晶」など、天然岩絵具に用いられる宝石は、ジュエリーにおいても一般的だ。そんな絵具があると知ったら、日本画の世界により親しみを感じられるのではないだろうか。

それからこれは鉱石ではないが、岩絵具には「藍」もある。お馴染み、デニムの染色に用いられる藍。岩絵具の藍は、染料を粉にすることでつくられている。

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日本画材の世界は、思っていたよりも身近な美しさからきていた。

芸術も、私たちが日頃「綺麗だな」と思うものの力を借りてつくられているのだ。逆を言えば、このデニムも、トルコ石の指輪も、珊瑚のブローチも、芸術的な美しさを内包している。単なる装飾品じゃなく、その向こうにある根源的な美しさに、岩絵具の魅力をとおしてあらためて気がついた。

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Shining Moments.
美しさは、なんてことない日常に潜んでる。

ラピスラズリのネックレスを、いつもと違う気持ちで身につけて、お出かけしたくなった。

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